読書シンドローム

病的に本が好きで、年間100冊以上本を読んでいます。好きな本を中心に紹介していきます(*^o^*) 今年の目標は、仕事を辞めてブログで生活することです♬ ご協力よろしくお願いします笑

又吉直樹『夜を乗り越える』~又吉は、なぜ本を読むのか~

 

 

 

 

 

 

《本むを読む理由》

みなさんは、なんのために本を読みますか?

なぜ本を読むのか考えたことはありますか?

 

1.情報収集

2.娯楽

3.教養

 

人によって色々な理由があると思いますが、ざっくり分けると、ほとんどの理由が上記の3つどれかではないでしょうか?

 

政治・経済・社会やハウツー本などは、1の情報収集ですし、

 

エンタメ小説などは2の娯楽で、

 

文学など昔から読まれている名作などは3の教養に当てはまりますね。

 

上記の3つ理由の中で情報収集娯楽の理由は明確だと思います。

 

情報収集のための読書では、自分の知りたい情報を得るため目的を持って読みますし、娯楽としての読書では、ハラハラドキドキしたいだとか、時間があるから暇つぶしにだとか、単純におもしろいから、など楽しむために読みます。

 

しかし、教養としての読書ってどゆこと?って思いませんか?

 

確かに古典とか名作と言われるものって、読むに越したことはないけど、実際読む必要あるの?読まなくても全然問題なくない?

 

と、普段文学を読まない方は、なんでそんな小難しいものを読むのかイミワカンナイ、インテリぶりたいだけじゃないの?と思う人も少なくないはずです。

 

 

《え、なんでそんなに本読んでるの?》 

実際に私も、「え、なんでそんなに本読んでるの?」って聞かれたことは多々あります。こんな流れで↓↓↓↓↓↓

 

相手:「趣味なに?」

私 :「読書」

相手:「本すきなんだ、誰すきなの?」

私 :「村上春樹、中村文則、村上龍、安部公房、太宰治、夏目漱石、ドストエフスキ

    ーなどなど、、、」

相手:「!?!?!? へぇ、、、」

私 :「、、、うん」

相手:「どれくらい読むの?」

私 :「ページ数、内容にもよるけど、P200~P300くらいのものなら2~3日に一冊

    ペース」

相手:「え、なんでそんなに本読んでるの?

ってな感じです。

 

文学好きには、よくあるのではないでしょうか?

 

そして文学好きのみなさん、「え、なんでそんなに本読んでるの?」に対して、ちゃんと答えられる方いらっしゃいますか?

 

私は、全然ちゃんと答えられたことありません。笑

 

面白いとも違うし、楽しいとも違うし、、、なんでこんなに文学に惹かれるんだろう?って自分でも思いますよ。

 

うまく説明できないばっかりに、

「自分はこんなに難しいそうな本をこんなに読んでいるのだ!どーだ、すごいでしょ?まいったかー、ハッハッハッー!」って周りに知的だと思われたいだけなんじゃないかと、自信をなくしてしまう時があるんですよね。笑

 

 

《又吉直樹『夜を乗り越える』について》 

そんな、文学好きに朗報ですよ!

 

なんと、なんで文学を読むのか説明できない人のために(そのためだけではないのですが)火花』で芥川賞を受賞した、又吉先生が新書夜を乗り越えるを書いてくれています!

  

よかったですね、文学好きのみなさん、これで、なんで文学が好きか聞かれた時に困らないで済みますよ。

 

いやー助かった。これでインテリだと思われたいと勘違いされないで済みますね。

 

前もって忠告しますが、以下の小文字は絶対に読まないでください!絶対ですよ。

 

《ホトトギスって何⁉》

ここだけの話、実際、少し頭よく思われたいというのが、少しだけ、ほんのちょっとだけですけどね、

 ミジンコくらいはありますよね?笑 私だけですか?笑 私もそんなに、頭いいと思われたいわけではな

 いんですよ? ただ、ほんの、本当の自分+αくらい、αといってもミドリムシくらいですよ。これ普通で

 すよね? みなさんも、ちょっとは、「私、他の凡人とは違いますよ。一緒にしないでください」って

 思っていません? 思っていますよね? 人前で文学読む人は、自分がどれだけ難しい本を読んでいるか

 他の人に知ってもらいたくてしょうがないですよね? だから、新品で買う時も、敢えて「カバーいらな

 いです」っていいますよね? そして、意味もなく喫茶店とか行って、できるだけ人目につくような席をわ

 ざわざ選んで、わざわざ表紙が見れるように手がタイトルに被らないように本を持ちますよね?そして、周

 りからタイトルが見える角度で本を持って座りますよね?本のタイトルが見えやすい席が、空かぬなら、空

 くまで待とうホトトギスですよね?ホトトギスですか?はい、そうです、ホトトギスです。みなさんが、実

 はホトトギスなのは私にはバレていますよ。隠したってムダです。ホトトギスなのはバレバレなんですから

 ね。みなさん、自分がホトトギスだと認めましょう!私ですか?私は、さっきも言ったように、少しだけホ

 トトギスなところがあります。少しだけですけど、ややホトトギスです。全然完全なホトトギスではないで

 すけど、少しだけホトトギスなのは自覚しています。本当の自分+αの α 部分がちょっとだけホトトギスな

    んです。つい最近までは、自分がホトトギスなの認めたくありませんでしたよ。そうりゃそうでしょ?ホト

 トギスですよ?恥ずかしいじゃないですか、ホトトギスって。でも、ある時気づいたんです。自分はホトト

 ギスだと。自分にはホトトギスな部分があると。うっすら気づいてはいました。しかし、認めたくない自分

 がいたんです。でも、ある時気づきました。ホトトギスでもいいじゃないかと。自分を偽ってなにが文学 

 だ。そんなの全然文学じゃない。文学は本音だから、作者の心の声がそのままに書かれているところに魅力

 があるのに、自分にウソをついてなにが文学好きだ。そんなの全然文学じゃない。そんなのホトトギスです

 らない。文学者は、自分の趣味・嗜好をさらけ出している(人によります)ではないか。谷崎潤一郎なん

 て、足フェチだとさらけ出しているじゃないか。自分の性癖を人に言うくらいなら、認めた方がどれだけま

 しか。自分が、ホトトギスだと。さぁ、文学好きのみなさん、自分がホトトギスだと認める時がきました

 よ。認めませんか?そうですか、それならばこっちだって手があります。認めぬなら、認めさせてみせよ

 う、ホトトギス、、、(読んでくれた方がもしいらっしゃれば、お礼を申しあげます。大変申し訳ございま

 せんでした orz)

 

 

えー、コホン、えー、そういうわけで、又吉先生が新書『夜を乗り越える』を書いてくださったおかげで、文学を読んでいる理由を聞かれても大丈夫になったんですね。

又吉さまさまですね。

 

又吉先生は、ホトト、じゃなくて、文学を読んでいることでインテリぶりたい訳ではないことが以下の引用から分かるはずです。

 

 

《『夜を乗り越える』からの引用》

賢い人のためにだけあるものではありません。明日からバンドをやろうという人芸人をやろうという人が読んでもいいものです。

むしろ、彼らとの方がめちゃくちゃ相性がいいものです。かたやパンクス芸人も、本なんて賢いやつらのもので自分には必要のないものだと思っています。

いやいや、あなた達と同じようなやつの、どうしようもないことも書いているのになとおもうんです。

 

まさに、又吉先生は、インテリだけでなく、誰でも読んでいいと書いてくれていますね。

 

そうなんですよね、文学と聞くと難解なイメージがあるかもしれませんが、どうしようもないようなことを書いているのも沢山あります。

 

例えば、ある若い女の子が好きになって、手のひらで転がされていると分かっていても、その女の子のことが気になってしょうがなくて、ひたすら女の子に翻弄されまくるオジサンの話もあることですし。(谷崎潤一郎『痴人の愛』)

 

 

《文学が高尚であるとは限らない》

文学が高尚であるとは、限らないですよね。むしろ、文学こそ、不道徳だったり、反社会的だったりするので、社会の常識に嫌気がさしたことがある人は、ハマるかもしれませんよ。

 

私自身も、特に何があったという訳でもなく、ただただ人付き合いが面倒くさくなったことがあって、その時は文学に助けられました。

 

 

生きることが嫌なのも、社会が嫌なのも、人と会うのが嫌なのも、生活が嫌なのも、全てが憂鬱なのも、あなただけではありません

 

文学には、社会に適合できない人たちが沢山出てきます。自分の方がましだと思えるような生活をしている人が沢山出てきます。

 

私自身、人と比べるのは好きではありませんが、周りのデキる人と比べて生きる希望をなくすよりは、自分より劣っている人を見て、自分はまだまだ大丈夫だと思うことも、たまにはいいのではないでしょうか?

 

《周りが自分より優れているように見える人へ》

生きていると、自分のダメなところばかり見えて、周りが自分より優れているように見えてしまうことってありますよね。

 

そんな時は、文学で描かれているダメな人たちと比べてみてはいかかでしょうか?自分まだましじゃん、全然大丈夫じゃん、と思わせてくれる引き立て役が沢山いますよ。笑

 

《太宰治について》

特に、太宰治なんてその典型例です。太宰の小説には、ダメな人ばかり出てきます。素晴らしい小説を大量に書いていて、間違いなく天才なはずなのに、太宰自身が劣等感の塊だったので、太宰に似たダメ男が沢山でてきます。

 

又吉も、大の太宰好きを公言していますが、『夜を乗り越える』でも、太宰のことを思う存分書いています。又吉の太宰への愛文学への愛が伝わってきますよ。

 

文学って、どんな話だったか伝えにくく、解釈も人それぞれですが、本書には、又吉なりの感想が書いてあるので、一つの読み方として参考になるはずです。

 

私自身も、本書に載ってある小説を読んでは、又吉はどんなこと書いていたかを確認してを繰り返していました。

 

文学学校の授業で勉強したのが最後で、学生の時は全く面白いと思いませんでした。それは、学校の授業では、テストの都合上、解釈は一つでなくてはなりません。

 

答えが最初から用意されているなんてつまらないですよね?それじゃ、文学の本当の面白さは伝わらないですよね。

 

人のせいにしたくはありませんが、もっと国語の授業なんとかならないですかね?笑

あれじゃ、私も含めて文学が面白いなんて思う人なんていなくなっちゃいますよね。学校で文学のつまらまさを教えてしまっては、文学が廃れる一方ですよ。

 

なので、先生はどうやって点数を取るかじゃなくて、どうすれば文学の面白さを分かってもらえるかを教えた方が絶対にいいですよね。

 

まぁ、学校は文学だけでなく、色々と改善しなきゃいけないことがあると思うので、一旦おいておいて、、、笑

 

学校で教わってから、一回も文学に触れていないという方、文学をどう読めばいいか分からない方、必読です!