読書シンドローム~北海道大学を卒業し公務員になったが、自分が何をしたいのかわからず人生という道に迷っています~

本が好きで、年間100冊以上本を読んでいます。好きな本を中心に紹介していきます(*^o^*) 病的に本が好きな方、是非読んでください(*^-^*)

伊坂幸太郎「砂漠」~大学生は、突然砂漠に放りだされたような存在である~

【目次】

 

《あらすじ》

入学した大学で出会った5人の男女。ボウリング、合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、超能力対決・・・・・・。共に経験した出来事や事件が、互いの絆を深め、それぞれを成長させてゆく。自らの未熟さに悩み、過剰さを持て余し、それでも何かを求めて手探りで先へ進もうとする青春時代。二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編小説。

                         「新潮文庫より」

 

 

 

《日本の大学進学率》

みなさん、大学生活を経験しましたか?

 

2016年度の文部科学省の調査では、高校卒業後の大学・短大進学率(現役)は54.8%と発表されています。

 

短大を除いた大学(学部)進学率(現役)は49.3%のようです。

 

大体半分の人が、大学か短大に進学しているようですね。

 

大学生活どうでしたか?

 

 

《高校と大学の違い》

私は、4年制の大学に通いましたが、高校との違いは、なんと言ったって「自由」ですよね。

 

髪を染めてもいいし、バイトしてもいいし、授業さぼっても(?)いいし、校則なんてないから、法律の範囲内であれば、何してもOKですよね。

 

大学入りたての頃は最高でしたね。人生の楽園だと思いました。

 

みんな、制限されるより自由の方が好きですよね、誰にも何も言われず、自分の好きなことを好きなだけしたいですよね。

 

私も、自由こそが正義で、自分をずっと自由を求めていたと思っていました。

 

 

《自由であることの不安》

けど、しばらくすると、「自由」であることに少しだけ不安を覚え始めました。

 

まず最初に不安を感じたのは、授業の時間割を自分で組むことでした。

 

時間割は、進級や卒業をするための要件を満たすように組まなければなりません。

 

授業に出たくないからといって、進級ギリギリの授業量しか入れなかったら、もし、一つでも単位を落としてしまったら、留年確定となりかねないので、

 

実際に受けるか受けないかに係わらず、ある程度余裕を持って授業を組まないといけないんですね。

 

入学早々、授業を登録する期間が設けられていたので、友達や先輩に相談して、授業を組みましたが、

 

進級・卒業要件をちゃんと満たせているのか、何回確認しても「本当にこれで大丈夫なのか」すごく不安でした。

 

高校までは、自分で授業を組むことなんてないですよね。学校の方で用意されていますよね。

そして、ちゃんとテストでそれなりの点数を取っていれば、めったに留年なんてありませんよね。

 

 

《授業の組み間違えで留年!?》 

大学の時、私の同級生で、授業の組み方を間違えていて、3年生にあがることができず、留年してしまったという人がいました。

 

授業の登録は前期分を4月、後期分を9月に登録するのですが、その人曰く、

 

9月の時に授業を組んで登録した時点で、組んだ授業のコマ数が足りていなくて、登録した全部の単位を取ったとしても留年が決まっていたらしいです。

 

実際に、自分が留年することが分かったのは、3月の進学できるかどうかの発表の時で、自分の学生番号が載っていないことを知ってからでした。

 

もちろん、ちゃんと確認しなかった自分が悪いのは分かっているけど、登録の時点で単位が足りていない人がいれば、大学の事務の方でお知らせをするシステムがあれば、こんなことにならないで済んだのに、とこぼしていました。

 

たしかに、登録を間違えないに越したことはないけれど、登録の時点で単位がたりていないことは、事務の方ではわからないのかな、と思いました。

 

この留年をした同級生曰く、事務の方は、登録をミスしていることは連絡くれなかったのに、留年が決まった時はしっかり連絡をくれたみたいです。笑

 

世の中ってこんなのばっかですよね、、、笑

 

授業の登録でミスをして留年をした人って他にもいると思うんですよね。

 

でも、そんなこと大学の方はお構いなしですからね。担任の先生もいていないようなものですし、大学の方も生徒が留年しようが進級しようがどっちでもいいという態度ですからね。

 

こんな言い方をしたら、すごく大学が冷たい感じがしますが、、、笑

 

高校を卒業したら、もぉ子供じゃないんだから、自己責任ってことですよね。

 

自由って良い面ばかりじゃないんですね。不自由も悪い面ばかりじゃないんですね。

 

《日本人は自由が苦手!?》  

日本人って、自由が苦手な民族だと聞いたことがあります。

 

小学校などの遠足で「はい、じゃあこれからは自由時間です。好きなことをしてください」って言われると、みなさんどうします?

 

大抵の人は、まずキョロキョロと周りを見て、友達の様子を伺うのではないでしょうか?

 

日本人は、突然「自由にしてください」って言われると、何をしていいか分からなくて、困るんですね。

 

これは、日本の教育の賜物ではないでしょうか?

 

 

《日本の教育は平均化された無個性を量産している》

日本の学校では、「みんなと同じように」をテーマに、ある程度のことをある程度こなせるように、平均化された無個性の量産を目的としています。

(↑ 学校のこと悪く言いすぎ 笑 そこまで悪いとこじゃないですよね、まぁいいとこでもないですけど 笑)

 

なので、自由にしていいと言われても周りに合わせようとするのは、しっかり洗脳、いや、されていることの証ですね。

 

そんな洗脳を高校まで受けさせられてからの、突然の「もぉ子供じゃないんだから自己責任で行動しなさい」って、みんな「え?」ってなりますよね。

 

高校まで、みんなと同じ時間に同じ授業を受けて同じことをするように強要されてきたのに、ヒドくないですか?

 

幼稚園から高校までの間で、しっかり無個性にされたのに、就活では「個性が大事」ってヒドくないですか?

 

突然の裏切りですよね。もぉ何を信じればいいか分からなくなりましよね。

そりゃ精神病みますよ、引きこもりになりますよ、ニートになりますよ。

 

それならそうと、小学校の時から、自分で決める習慣をつけさせて、個性を伸ばすような教育をした方がいいですよね。というか、本当に学校必要ですかね?笑

 

みんな、社会に出て、人ぞれぞれ違うことするんだから、同じ教育を受ける意味ってありますかね?

 

って文句言ってもしかたないですよね。笑

 

《伊坂幸太郎『砂漠』について》

前置が長くなりましたが、今まで私が書いてきたグチを日本のトップエンタメ作家の伊坂幸太郎さんは『砂漠』という作品で物語に昇華してくれています。

 

伊坂幸太郎さんは、高校まで、手取り足取り学校が面倒見てくれたのに対して、どうしていいかわからない大学生を「砂漠に放り出された状態」であると表現しています。

 

ある部分では未熟で、ある部分では過剰で、子供でもなく大人でもない、社会的に不安定である大学生を爽快感溢れるエンタメにしあげています。

 

これから大学生になる人も、大学を卒業した人も、大学に行っていない人も、誰もが楽しめる作品になっています。

 

私が大学生の時は、こんな未熟なままで社会に出て大丈夫だろうかと、就職するまでずっと不安でした。

 

社会が怖く、不安で不安でしかたなかったので、その不安を乗り越えるために、沢山本を読みました。

 

大人には、生きている年数が圧倒的に違うので、経験ではかなわなくても、読書量では負けたくないと、自分に自信をつけるために、本を読み漁りました。

 

根本的な解決にはなっていないかもしれませんが、それが私の精神安定剤となりました。

 

実際、社会に出てみると、人に恵まれているということもあり、困ったときは助けてもらえているので、なんやかんやなんとかなっています。笑

 

働く=人生の墓場だと信じて疑わなかったので、就職するまでは墓場を想像していたということもあって、現状では意外と社会人も悪くないのかもしれないと思っています。

 

社会人の方が、伊坂幸太郎さんの『砂漠』を読めば、大学生特有のあのフワフワした感じを思い出すかもしれませんよ。